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    恩師との再会

    • 2013.01.16 Wednesday
    • 21:40
     

    稲垣先生と私。 

     東京松本専門学校に通っていた頃、2年目のアドバイザーが稲垣先生でした。
     あの頃、稲垣先生、27歳、私が21歳だったかな。

     今、稲垣先生52歳(かな?)、私46歳。 
     25年程経ちました。 お似合いですね。笑 
    私、うれしそうですね。 いや〜これは嬉しかったです。 

    でもこれ、稲垣先生は割とそっけなくてですね、 
    この正面にいた久子先生(奥さん)が、 
    「ほら、もっとくっついて!手も肩へ!」なんて言って、
     すごくフレンドリーに写真撮影に協力してくれて。

    私は、稲垣先生の白髪をなでなでして、
    「先生、今のほうがもっと素敵ですね」なんてコメントしてました。



    いやあ、私も成長したものです。


    実は、7年程前?だったかな、フィニックス英語学院があったときに、
    友人の英語発表を観に、行ったんです、その時に、
    卒業以来の再会をしました。

    その頃私は長年やった講師を辞めて
    ブラブラしていた時期で

    稲垣先生は「辞めたんだ?」と一言。
    その後会話なし。

    えええええ!

    それだけ?????

    で、久子先生は、当時は私は怖くて恐れていてカジュアルに話したこともなかったんですが、「まあ〜久しぶり!お元気?」と、
    すごくやさしく声をかけてくださったのに。。。


    その帰り道、でもそういう稲垣先生の相変わらず間をつながない、
    飾らない、ど正直な感じが実は心に染みて、
    当時と変わらないぶっきらぼうな稲垣先生と会えてうれしくて、
    信号を渡りながら、ポロポロ涙が出てきて、
    しまいにはわんわん泣きながら歩いてましたね。。。


    私にとって東京松本英語専門学校は
    二度と気軽に戻れないようなところ、と捉えていましたから、
    (よっぽどのことでも成し遂げないと、顔を見せられない的な、
    私にとっては、ものすごく士気の高過ぎる2年間でしたから、
    あんなに優秀な人たちばかりが来るところへ、
    そのあと松本の2年間と比べたら、生温い社会人生活を送ってしまっていた
    私には、もう足を踏み入れられない、そんな心持ちでした。)

    そのあと、1度も調べたこともなかったんですが、
    たまたま友人になった人が、今フィニックスという英語学校に通っていると。
    そしてもう松本英語はなくなってしまったんだと聞き、
    えええ!と、なり、フィニックスとやらになっているという元松本英語専門学校に
    英語劇の発表を観に行ったのです。


    そこで久しぶりに再会したわけです。


    あの頃は、そういう状態でしたから、
    私のほうに、ぜひとも話したいこともなく
    また自信もなく、会うだけで精一杯だったんですが。


    だから後に石渡先生と再会したときには
    クララのパパみたいに、両手を広げて、笑顔で”Hi!"って言って、
    変わってないね〜って、
    すごく歓迎してくれたものですから、
    石渡先生と直接面と向かって話したことのなかった私を
    覚えてくれていることが嬉しかったんですよね。


    稲垣先生は、ずっと私の心の先生でしたね、この職業についてからずっと。

    あの頃、学校の英語祭の夜だけ、学校で日本語を話してよかったんですが、
    階段の踊り場で、初めて稲垣先生とゆっくり話す機会がたまたまあって、

    「君はこうやって話をしていると、とても頭がいいけど、
     なんでいつもおちゃらけて、ピエロみたいなことばっかりやってんの?

     たった2年しかないんだから、松本で私はこれをやった!っていうもの、
    何かひとつやって、卒業しないでどうすんの?

    中学高校と演劇部だったんなら、松本でドラマクラブ立ち上げてごらん。」


    そう言われて、私はハッとして
    1週間で部員を集めて、先生のところへ報告に行ったら、

    「もう集めたの?まさかこんなに早くやるって思ってなかったし、
    僕は、ひでみ一人しかいなくても、一緒にやっていく気でいたからね。」

    そう言われたのです。


    私はこの言葉に感動し、もしみんなが辞めて、私ひとりになっても、
    一人芝居でもして、絶対にやり遂げよう、と心に決めたのでした。

    人生において、とにかく人見知りだったし、
    私は学生時代のすべてにおいて、学校の先生と親しく話したりしたことがなかったので、
    初めて、学校の先生から、こんな言葉をもらって、
    嬉しくて嬉しくて、たぶんこの言葉で、私は20年間くらい、やっていけてましたね。


    だから、先生のひとことって、大きいんですよね。
    と、つくづく思います。


    学校を卒業して、
    子供達に演劇を通して英語を教える学校に就職して、
    そこで子供達に愛情をいっぱいもらって
    毎日が「愛し合ってるかい????」「イエ〜イ!!!」
    みたいな日々で、
    クールだった私も、ほどけてきて、
    ついには、
    人から、人懐っこい人だと形容されるまでになったのでした。。。。


    子供の頃から、近所の主婦の人たちからも
    「ひでみちゃんは話しかけにくいわ〜」と言われていて

    学校の通知表にも
    「どんなにこちらが華を持たせても、なかなか自分から打ち解ける事はない」
    と書かれる一方で。。。

    5年生の時に、学芸会で演劇に出会わなければ、
    どうだったんでしょうか?

    あれを機に、
    「セリフを読むのが上手ですね」と先生から、在校生代表で送辞を読む人に選ばれたりして、私にも、得意なことがあるんだ、と開眼したのです。

    球技がまったくできなかったので、
    ちびまるこちゃんとまったく同じで、
    つらいつらい体育の時間だったし、
    マラソンとかも大嫌いだったし、

    詩の朗読と、演劇に出会うまで、
    人に褒められたこと、なかったですね。


    そうやって思い出してみると、
    今、自分が講師側で、(しかもまさかの英語 笑)
    (大阪出身なんで、あたしがなんでやねん?って感じやねん)

    人を励ましたり、いいところを見つけて伝えたりしている日常が
    後にやってくるなんて、人生はわからないもんですよね。。。。。

    松本の時のEDUCATIONという授業を取ったときの黒人のオーコス先生が
    外国語を忘れるのは早い。ずっとこれからも使い続けていくことが、
    忘れないということだ。

    そう教えてくれたので、ようし、なんでもいいから英語を使い続けよう!
    と、英会話の塾のアルバイトをしたのがきっかけで、
    その後も学校は転職をして変わってきましたが、ずっと続けてきたわけです。

    昨日、生徒さんとお食事をしていたら、
    彼女が「今の職場は待遇がいいから、、、」と
    困難な上司(だったか同僚だったか)がいてかなりのストレスだけれども
    待遇のいい会社だから、できたら働き続けたいというような話を聞き、

    そういえば、私、今まで、「待遇の良さ」で職場を決めたことがなかった!と。。。

    英語の勉強になるから、という志望動機しか持ったことがなかったことに
    気がつきました。

    待遇か。。。。。  笑


    そうですよね、、、、普通、それ、チェックしますよね。。。。笑



    Forward以前のKaplanに来た時も
    まさか自分がここで仕事をする側になるなんて思ってもみなかったので
    いつのまにか、働いていてびっくり!!!!!!


    私にとって、会って嬉しい人と日々会うこと、
    それが何よりも大切なことで
    それが優先順位常に1位で
    それ以外は、おまけなんでしょうね。。。


    と、振り返って気づきます。



    稲垣先生と、あの時、あの踊り場で、偶然じっくりお話していなかったら、
    どうだったんでしょうね。


    人との出会いは、人生を変えます。

    ほんとうに変えます。




    だから、これからも、会いたい人に会っていこうと思います。



    稲垣先生、ありがとう。





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    • 2013.05.02 Thursday
    • 21:40
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      コメント
      こんにちは、はじめまして。石渡先生のブログで拝見してるのでヒデミさんは知り合いのようにかんじです。

      私も渋谷の松本にいっていました。稲垣さんはまだ生徒だっただったのでヒデミさんとはすれ違いですね。

      板垣夫妻(わたしには、Miss森と板垣さんなのですが)の写真をん十年ぶりにみると感慨深いものがあります。自分のブログでも松本のこと書いてみようかな、はて、どう書くべなのだろう。結論は石渡ブログにコメントしたことなのですが。

      でももっとチャンとかいておくべきかな、と思っています。

      かいたらお知らせします。

      ○十年前のMr.Ishiwataの教え子より。
      コメントありがとうございました。
      ずいぶん前に頂いていたのに、気まぐれで更新しているものですから、たった今読ませて頂きました。m(_)m

      私も、Miss森と呼んでいました。
      稲垣先生、とても素敵なナイスミドルになっておられました。私も、先生になって、最初に教えた中学生が、昭和50年生まれでしたから、もう40歳前くらいの年になっていますよね。ははは。Time flies!

      私はずっと英語の先生に恵まれてきました。
      理科も大好きだったのですが、小6と中1で、
      私が夢中になる授業をする先生との出会いは終わってしまいました。

      でも人生でたった1度でも、
      そういう先生に出会えることは貴重なことだそうです。

      私の人生のターニングポイントには、
      必ず英語の先生が登場してきました。

      今、石渡先生と再会して一緒に仕事をしていることも
      誠に不思議です。

      昔の生徒さんから、覚えていますか?と聞かれる側になるとき、「もちろん覚えているに決まっているじゃないですか!」
      と返すのですが、どんなに生徒の人数が多くても
      大学でレクチャーをしているような仕事ではなく、
      基本ワークショップスタイルなので、
      全員覚えています。

      今後たぶん会うことはないであろう生徒さんも
      何度も思い出しているのです。

      素敵な片思いでしょうかね(笑)


      • Hidemi
      • 2013/02/23 3:46 PM
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